Mag-log in私は夫・須藤弘人の前ではいつも地味で大人しい専業主婦を演じていた。 でも本当の私は、インフルエンサー「May」。 メイクの力で別人級の美女になり、ブランドのプロデュースと投資で数億円の資産を築き上げた社交界の裏女王。そんな私に、待ちに待った妊娠の喜びが訪れた。 しかし夫はそんなときにも秘書で愛人・辻本彩花と海外リゾートで不倫旅行中。 私が一人で病院のベッドに横たわり、流産の激痛に泣き叫んでいるその夜—— 夫から届いたのは、彩花と熱くキスをしている幸せな記念写真だった。スマホを叩き壊した瞬間、私は決めた。離婚まであと30日。 離婚だけじゃ許さない。 あなたたちを、地獄に叩き落としてやる――!
view more痛みで視界がぼやける。
白い天井が、ゆっくりと回っている気がした。
麻衣子はベッドの上で唇を噛みしめ、両手でシーツを握りしめていた。
腹の奥から這い上がってくる激痛が、息をすることすら許してくれない。
「もう少し我慢してくださいね……」
看護師の優しい声が遠く聞こえる。
でも麻衣子には、ただの雑音にしか感じられなかった。
結婚三年目。
待ちに待った赤ちゃんだった。
ついに陽性反応が出た日の夜、麻衣子は夫の弘人に報告しようと何度も電話をかけた。
でも繋がらなかった。
「今、急な出張で海外なんだ。悪いけど少し待っててくれ」
弘人のLINEはいつも通り素っ気ないものだった。
それでも麻衣子は嬉しくて、毎朝つわりで吐きながらも「今日も元気だよ」と報告を送り続けていた。
それなのに——
「うっ……!」
また痛みが波のように襲ってきた。
麻衣子は歯を食いしばって耐える。
一人だった。
誰も側にいない。
弘人は今頃、どこにいるのだろう。
スマホが震えた。
【弘人】 今夜も遅くなりそう。体調どう? 無理すんなよ。
麻衣子は震える指で返信しようとした。
「今、流産しそうで病院にいるの」
——そう打とうとした瞬間、また新しいメッセージが届いた。
今度は写真だった。
送信者:弘人
添付画像:三枚。
開いた瞬間、麻衣子の世界が凍りついた。
青い海をバックに、弘人が笑っている。
その隣で、秘書の辻本彩花が甘えるように彼の首に腕を回し、唇を重ねていた。
次の写真では二人がビーチベッドで絡み合い、笑い合っている。
三枚目——彩花が弘人の胸に顔を埋め、幸せそうに目を細めている。
場所は明らかに海外のリゾート。
弘人が「急な出張」と言っていた場所。
「…………」
指が動かなくなった。
スマホの画面が、冷たい光を放ちながら、麻衣子の心を切り裂いていく。
次の瞬間、激しい怒りが腹の底から爆発した。
「うああああああっ!!」
麻衣子は力の限りスマホを床に叩きつけた。
ガシャン、という乾いた音と共に画面が粉々に砕け散る。
まだ痛む下腹部など関係ない。
もう、何も感じなかった。
「須藤弘人……あなたは、私がこんな目に遭ってる間も、あの女と楽しんでたのね」
涙が溢れて止まらない。
でもそれは悲しみの涙ではなかった。
純粋な、燃えるような憎悪だった。
看護師が慌てて駆け寄ってくるが、麻衣子はゆっくりと体を起こした。
痛みを堪え、唇の端を吊り上げる。
「……離婚するわ」
声は小さかった。
でもその言葉は、麻衣子の心の中で確かに響いた。
「ただ離婚するだけじゃ、足りない」
麻衣子は砕けたスマホの残骸を睨みつけた。
「あなたと彩花を、徹底的に破滅させてやる」
その瞬間、麻衣子の瞳に冷たい光が宿った。
——離婚まで、あと30日。
天野悠が麻衣子に出会ったのは、まだ新人モデルだった頃だ。右も左も分からず、自分を騙そうとするような人間がいることすら知らなかった。先輩から困っていると言われて、何度も金を貸した。挙句の果てには借金までして金を用意した。その頃の天野は、自分の人生を自分で選ぶ方法すら知らなかった。そんな時、麻衣子が現れた。当時すでにMayとして知られていた彼女は、偶然その事情を知ったらしい。天野からすれば救いの手だった。けれど麻衣子にとっては、ただ不愉快な男を片付けただけだったのかもしれない。「ありえないわ」そう言った彼女の顔を、天野は今でも覚えている。怒っていた。自分のために。誰かが自分のために本気で怒ってくれることが、あんなにも心強いものだと、その時初めて知った。麻衣子は早かった。自分の力を使い、先輩の悪質なやり口を表に出した。それだけではない。天野が背負わされていた借金まで肩代わりしてくれた。そのときの彼女は、軽い口調で、何でもないことのように言っていた。まるでその程度の金額、大したことではないように。だが天野にとっては違った。人生を救われた。文字通り、未来を取り戻してもらった。それからしばらくして、天野はモデルを辞めた。法律を学び始め、霧島の事務所で働くようになった。最初は恩返しのつもりだった。いつか誰かを守れる人間になりたい。あの時、麻衣子が自分にしてくれたように。そう思った。そして、数年後。麻衣子は離婚しようとしていた。夫に裏切られ、流産し、それでも前を向こうとしていた。天野は何も言えなかった。彼女はまだ既婚者で、自分はただのパ
離婚成立から三か月後。弘人は重い足取りで役員会議室へ向かっていた。最近、この部屋へ入るのが嫌だった。会議室の空気は冷えている。以前のような余裕はなかった。役員たちの視線も厳しい。監査問題が尾を引いているからだ。「辻本元秘書の件ですが」資料が配られる。弘人は黙って目を通した。そこには短い記事が添付されていた。『元須藤グループ秘書の辻本彩花容疑者、業務上横領の疑いで逮捕』監査で発覚した不正経費処理。私的流用。刑事告訴。そして逮捕。会議室には重い沈黙が流れる。やがて一人の役員が口を開いた。「社長」弘人は顔を上げる。「管理責任について、どのようにお考えですか」厳しい声だった。弘人は答えられない。別の役員も続く。「株主総会で説明が必要になります」「社長秘書の不正です」「会社として無関係では済みません」弘人は拳を握った。反論できなかった。監査が始まった頃なら違ったかもしれない。だが今は分かる。見ようとしなかったのは自分だ。彩花を信頼していた。いや。信頼ではない。何も確認しなかっただけだ。それどころか、野放しにしていた。その方が自分にとっても都合がよかったから。会議は予定より長引いた。終わった頃には、弘人の肩にはさらに重い責任が乗せられていた。社長室へ戻る。机の上には新しい資料が積まれている。その一番上にあったのは広報部からの報告書だった。May大型プロジェクト第二弾&nb
離婚成立から一か月後。麻衣子は都内のカフェにいた。窓際の席。目の前には見慣れた顔が座っている。「お待たせしました」天野が少し慌てた様子で席につく。「十分早いわよ」麻衣子は笑った。相変わらず真面目だ。待ち合わせ時間の十分前には必ず来る。注文したコーヒーが運ばれてくる。二人は近況を話した。仕事の話。事務所の話。最近見た映画の話。他愛ない会話ばかりだ。気付けば、こうして会うことも増えていた。離婚協議が終わってからも。麻衣子と天野の関係は変わらなかった。いや。少しだけ変わったのかもしれない。以前より自然に笑うようになった。以前より気を遣わなくなった。そして何より。以前よりずっと気楽だった。「そういえば」天野が口を開く。珍しく落ち着かない様子だった。コーヒーカップを持ち上げては置き。また持ち上げる。麻衣子は吹き出した。「何?」「いえ……」「その反応は絶対何かあるわよね」天野は観念したように息を吐いた。そして背筋を伸ばす。まるで面接でも受けるような顔だった。「実は」「ええ」「お願いがありまして」麻衣子は思わず笑う。「何よ。そんな改まって」天野は数秒黙った。耳が少し赤い。緊張しているらしい。それが分かった瞬間、麻衣子は余計におかしくなった。「もし」天野がゆっくり言う。「もし僕が司法試験に受かったら」そこで一度言葉が止まる。「――僕と、付き合ってください」
休日の昼。麻衣子は駅前のカフェへ向かっていた。待ち合わせ相手は天野悠。離婚前なら少し気を遣っただろう。だが今は違う。友人と食事へ行く。それだけの話だった。店へ入ると、すでに天野が席についていた。麻衣子の姿を見つけると立ち上がる。「こんにちは」「待った?」「いえ。五分くらい前に来ただけです」相変わらず真面目だ。二人は向かい合って座る。注文を済ませると、天野がほっとしたように笑った。「こうして会うの、久しぶりですね」「そう?」麻衣子は首を傾げる。「離婚協議のたびに顔を合わせてた気がするけど」「それは仕事です」天野が苦笑した。「今日は仕事じゃないので」確かにそうだった。霧島の事務所。打ち合わせ。離婚協議。そういう場では何度も会っている。だが今日は違う。誰にも急かされない。時間を気にしなくていい。ただ食事をするためだけに会っている。料理が運ばれてくる。しばらくは他愛ない話が続いた。最近の仕事。流行っている店。共通の知人の話。気付けば自然に笑っている。「何だか顔色が良くなりましたね」天野がふとそう言った。麻衣子はスープを飲みながら笑う。「そうかしら」「そうですよ」天野は頷いた。「離婚協議が始まった頃は、正直かなり無理をされていたと思います」麻衣子は少しだけ考える。否定はできなかった。あの頃は毎日が必死だった。仕事を再開したばかり。離婚協議もある。弘人や彩花の問題もある。前を向いているつ
麻衣子は洗い物の最中、ふと手を止めた。キッチンの時計はすでに午後11時を回っていた。弘人と彩花はリビングでワインを飲みながら、楽しげに笑い声を上げ続けている。二人が家に帰ってきてから、もう5時間以上が経過していた。「おい、麻衣子! つまみはまだか?」弘人の苛立った声が飛んでくる。麻衣子は慌てて新しいチーズと生ハムを盛り付け、トレイに載せてリビングへ運んだ。「申し訳ありません、お待たせしました」彩花がソファに深く腰掛けた弘人の膝の上に寄りかかりながら、麻衣子を見て嘲るように笑った。「麻衣子さん、本当に頑張りますよね~。夫が愛人を家に連れてきても、こんなに一生懸命お世話してくれ
麻衣子はキッチンで夕食の準備をしながら、静かに息を整えていた。 弘人と彩花が外出から帰ってきたのは、午後7時を過ぎた頃だった。二人は玄関から入るなり、楽しげな笑い声を上げている。彩花の高いヒールの音が、麻衣子の神経を逆なでするように響いた。 「おかえりなさい、お二人とも」 麻衣子はエプロンを着けたまま、いつもの控えめな笑顔で出迎えた。下腹部の鈍い痛みはまだ続いているが、表情には一切出さない。 弘人はコートを麻衣子の手に放り投げ、彩花の腰を抱き寄せたままリビングへ入っていった。 「ただいま。今日は彩花と食事行ってたから腹減ってねえよ。でもビールくらい出せ」 彩花がくすくす笑
朝の陽光がカーテンの隙間から差し込む中、麻衣子はいつものように朝食の準備をしていた。下腹部の痛みはまだ完全に引いていない。でも、弘人の前に出るときはそんな弱さなど微塵も見せられない。それが「須藤弘人の妻」として三年間生きてきたルールだった。「おはようございます、弘人さん」麻衣子がコーヒーを淹れてテーブルに置くと、弘人はスマホをいじりながら生返事した。「ああ……」その視線は麻衣子ではなく、画面の中の誰かへ向けられている。通知音が連続して鳴り、弘人の口元が緩む。麻衣子は知っていた。相手は辻本彩花だ。弘人はコーヒーを一口飲むと、顔をしかめた。「味が薄いな。彩花の淹れてくれる
「おかえりなさい、弘人さん。お疲れ様でした」麻衣子は完璧な笑顔を浮かべて弘人を出迎えた。地味なエプロンを腰に巻き、眼鏡の奥の瞳はいつものように控えめだ。弘人はコートを麻衣子の手に乱暴に投げつけ、リビングのソファにどっかりと腰を下ろした。旅行の疲れなど微塵も感じさせない、いつもの冷たい表情。その首筋やシャツの襟には、彩花の甘ったるい香水の匂いが濃く染みついている。「ただいま。飯まだか?」一瞥もくれず、リモコンを手に取る。麻衣子は微笑みを崩さずに答えた。「ええ、今温めますね。今日は何がいいですか?」「なんでもいいよ。適当に……ったく」弘人はため息をつきながら、麻衣子をチラリ
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